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GRAND PRIX D'HORLOGERIE DE GENÈVE 2023番外編!“GPHG”特別企画 最終審査員、飛田直哉氏による“実録! ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ2023” 03

ニック・フォークス氏からの国際電話で最終審査員に

テアトル・デュ・レマンの客席に勢揃いした2023年GPHGの最終審査員(jury)30名の面々

テアトル・デュ・レマンの客席に勢揃いした2023年GPHGの最終審査員(jury)30名の面々。アカデミーの設立は2020年だが、資料を見ると最終審査委員のリストは2012年から存在する。その年のメンバーは14名で、国籍は英国、ドイツ、スイス、米国、メキシコ、レバノンと別れるが10名は東西欧州と米国だ。女性も2名ほどで、リストには女性時計ジャーナリストの草分け的存在である香山知子さんの名前も見られる。やはり欧米と男性中心の世界だった。では2023年と言うと女性は30名中4名とまだまだ少なく、また欧州と北米・南米以外を除く国籍はインド、アラブ首長国連邦(ドバイ)、台湾、日本等の4カ国1特別行政区(香港)のみだ。主なメンバーを紹介すると、まず2列目左端はNH WATCHの飛田直哉氏、その前が個性の強い審査委員長(president)のニック・フォークス氏、向かって彼の右横が2022年“金の針”賞を受賞したMB&F創設者、オーナーのマキシミリアン・ブッサ氏、さらにブッサ氏の右横に座るのが「THE ARMOURY(アーモリー)」のマーク・チョウ氏である。飛田さんとチョウ氏は旧知の間柄だが、お互い最終審査員であることを知らず、ジュネーブで出くわしてびっくりしたそうだ。

Chapter 03. 直電で「Are you Mr.Hida? I'm Nick Foulkes.」


 2023年のある日、飛田さんに国際電話が入った。相手は2021年よりアカデミーの審査委員長(president)を務める英国人ニック・フォークス( Nick Foulkes)氏本人だ。彼は歴史家、作家、ジャーナリストの肩書きを持ち『Patek Philippe: the Authorized Biography』等の著者でもある。私は20年ほど前から旧SIHHの会場を悠然と歩く彼をよく見かけていた。教科書に見られるような型通りの英国紳士ではなく、例えばブラウンのウインドペイン・ジャケットにストライプのドレスシャツ、さらにチェックのネクタイをコーディネイトするような、いわゆる英国人の中でも従来の常識に疑問を呈するエキセントリックな紳士と見ていた。この国にはそれまでの常識に反抗するカウンターカルチャー的な人材を輩出する歴史があるが、彼もそのような人物かもしれない(お会いしたことはない)。

「(2023年の)ある時、ニック・フォークスから直接電話が掛かってきたのです。例のちょっと気取った英国人風の発音で(と、ここで突然フォークス氏の口調を真似しながら)『Are you Mr.Hida? I'm Nick Foulkes.』という具合でね。これ本物のニック・フォークスか? って思いましたよ。彼は『11月上旬に(実際は2023年11月9日の木曜日)GPHGのセレモニーがあるので、最終審査員として参加してくれないか』と言います。渡航費はGPHGから出してくれるとのことで、またホテル代もGPHGが負担するとのことでした」

 GPHGのエントリーには1モデル当たり800スイスフラン(=CHF。前述、約13万5200円)のエントリー代がかかります。もし1次予選を通過したら腕時計の場合、1モデルにつき今度は7000CHF(約118万3000円)必要です(クロックは4000CHF=約67万6000円)。1次予選を通過し2次予選、つまり最終予選に残った時計はその後9月から12月まで世界各国の巡回展示会を行いますので、その費用等にこれらの金額が充てられます。

 ニューヨーク、ロンドン、パリ、ドバイ、香港、クアラルンプール(シンガポール)……と、これまで結構巡回しています。日本では巡回エキシビションは開催されないので、今回私は帰国後に『日本でも開催しなければダメですよ』と各方面に言いました。日本はスイス時計市場の約10%(註:2023年度のスイス時計協会発表の統計データでは6.8%)を世界で占めているので、開催すべきです」

 ウォッチ&ワンダーズ ジュネーブに限らないが、世界的な新作時計展示会は上海やドバイで開催されているものの、なぜか日本は避けられてきた。日本側の体制作りに何かしらの障壁があるのかもしれない。

「ちなみに(と資料を見せながら)……、これらが2023年の審査員30名でHPに出ていますね。全アカデミーメンバーの中から最終審査員が30名選ばれます。今から20年ほど前の初期の審査員は、フランス人とスイス人のオジさんばかりでした(註:アカデミーの設立は2020年だが審査員は初期から存在している。ちなみに公式HPに残る記録は2012年の14名)。しかし徐々に様々な地域や職業、男女の区別なく時代の多様性に応じて、その辺りの陣容は毎年変化してきています」


 この30名の顔ぶれはアカデミーのコミッティで決定しているのだろうと推測する。少なくとも2023年の最終審査では、30名の中に前年の“金の針”賞受賞者(社)の代表者が入るというルールだった(註:2022年の“金の針”賞受賞はMB&F。受賞モデルは「Legacy Machine Sequential Evo」)。なお、GPHGのHPには2012年以降の審査員リストが存在するが、これによるとニック・フォークス氏以前はオーレル・バックス(Aurel Bacs)氏が審査委員長(president)を務めていた(在任期間:2013年~2020年。バックス氏はスイス出身のヴィンテージ時計の専門家であり、オークションハウスであるフィリップスの共同創立者兼パートナー。ちなみに2012年の審査委員長は、英国出身の骨董時計専門家であるセバスチャン・ホワイトストーン氏)。


「2001年にGPHGが始まった当初は、ジュネーブの日刊紙『トリビューン・ジュネーブ』のアート部門にいたガブリエル・トルテラという人が会を仕切っていました。モントル・ジュルヌが『グラン・ソヌリ』でグランプリを受賞した2006年、ちょうど私はジュネーブに出張に出ていて、そこでフランソワ-ポール・ジュルヌに同道し受賞式に出席しました。その後のガラ・ディナーにも出席しましたが『すごい世界があるもんだな』と思いましたね。

 当時の受賞式会場はオペラ座(Grand Théâtre de Genève 住所:Bd du Théâtre 11, 1204 Genève )。現在はオペラ座に比べると遥かに巨大で近代的なシアターとホテルのある場所に変わっています(註:前述したが現在は“テアトル・デュ・レマン” <Théâtre du Léman>で開催。レマン湖の西側にあるかつてのケンピンスキー・ホテルが現在は“フェアモント・グランド・ホテル・ジュネーブ”となり、その地下に“テアトル・デュ・レマン” はある。住所:Quai du Mont-Blanc 19, 1201 Genève)」。


 2022年と同様に得点表を本部へ送信し、後は最終審査員として11月の本番に挑む飛田さんだったが、その伏線として事前にひとつのエピソードがあった。これまた突然の連絡で、2023年6月頃のことだ。

2023年GPHGでノミネートモデルも含めて印象に残った時計は? という質問の回答中に、飛田さんがふと「横綱相撲すぎて、この値段で出されたら誰も勝てないと思います」と端的に表現したのが、スポーツウォッチ賞を受賞したチューダーの「ペラゴス 39」

2023年GPHGでノミネートモデルも含めて印象に残った時計は? という質問の回答中に、飛田さんがふと「横綱相撲すぎて、この値段で出されたら誰も勝てないと思います」と端的に表現したのが、スポーツウォッチ賞を受賞したチューダーの「ペラゴス 39」。チューダーは2013年に「ヘリテージ ブラックベイ」がリバイバル賞を受賞したのを皮切りに、2023年までの11年間で9個もの賞を獲得している。受賞傾向としてはスポーツウォッチ賞(2015年「ペラゴス」、2023年「ペラゴス 39」)やダイバーズウォッチ賞(2022年「ペラゴス FXD」)なら当然だろうが、さらにチャレンジウォッチ賞を2回(2019年の「ブラックベイ P01」と2020年の「ブラックベイ 58」)や、“小さな針”賞に至っては3回(2016年「ヘリテージ ブラックベイ ブロンズ」、2017年「ブラックベイ クロノ」、2021年「ブラックベイ セラミック」)も受賞している。これは驚異的な実績で、発表新作が矢継ぎ早に受賞するという勢いだ。2018年10月の日本初上陸時には、そのロレックスとの関連性等から日本市場では相当な位置を占めるだろうと誰もが予測した。実際蓋を開けてみると、ムーブメントについては以前よりブライトリングとの協調関係にあった上でケニッシ社と密接な提携関係を結び、自社ムーブメントに加えてオメガの独壇場と思われていたMETAS認定のマスタークロノメーターも発表するなど、ダイバーズ等スポーツウォッチの分野ではほとんど敵無しの状況ではないだろうか。

※チューダーの公式HP:https://www.tudorwatch.com/ja


Chapter 04.「GPHG2023に先立つこと同年8月のGWDに参加」


「ウェイ・コーから連絡があったのです。今度(2023年)8月の『ジュネーブ・ウォッチ・デイズ(GWD)』でシンポジウムを開催するので参加しませんか? という内容でした。GWDはレマン湖畔に設置されたテントの中で様々なシンポジウムのプログラムがあり、有名時計会社のCEO達の座談会やジャーナリスト、時計ディーラーなどを集めた様々な(パネル・ディスカッション等の)セッションが催されています。その中の企画のひとつに『スイス以外で時計を製作している人たち』というプランがありました。ウェイ・コーはウチ(東京のNH WATCH社)の場所を知っていたので当社で打ち合わせをしました。少し英語が話せて、ノリの良い人間ということで選ばれたのでしょうね」

 ちなみに、この時のディスカッションの司会(moderer)は前述のウェイ・コー氏。出席者はコンスタンチン・チャイキン氏(ロシア)、Michiel Holthinrichs氏(オランダ)、レッセンスのベノワ・ミンティエンス氏(ベルギー)、モリッツ・グロスマンCEOのクリスティーネ・フッター女史(ドイツ)、アトリエ・ウェンのロビン・タレンディエ氏(フランス、中国)、そして我が日本を代表するNH WATCH、飛田直哉氏の計6名である。

2023年8月29日から9月2日の5日間にかけて開催された第2回ジュネーブ・ウォッチデイズ(GWD)。ブライトリングやブルガリ、オリス、ジラール・ペルゴ等のメジャーブランドからMB&F、H.モーザー等の今や時計界での影響力大となった将来のグランメゾン、またローラン・フェリエやレッセンスといった気鋭の新興工房まで40ほどのメーカーが一堂に会する

2023年8月29日から9月2日の5日間にかけて開催された第2回ジュネーブ・ウォッチデイズ(GWD)。ブライトリングやブルガリ、オリス、ジラール・ペルゴ等のメジャーブランドからMB&F、H.モーザー等の今や時計界での影響力大となった将来のグランメゾン、またローラン・フェリエやレッセンスといった気鋭の新興工房まで40ほどのメーカーが一堂に会する。いわばバーゼルワールドを厳選・凝縮したような展示会だ。レマン湖畔でコンパクトに開催されていることで、作り手との距離感が近いのが良いと飛田さんは述べる。会場を周遊していると、すぐ目の前にジャン-クロード・ビバー氏やマキシミリアン・ブッサ氏がテーブルに居るのである。会期中にはいくつかのイベントも催され、飛田さんが『REVOLUTION』のウェイ・コー氏に誘われた時計シンポジウムのパネル・ディスカッションは、8月30日(水)16時30分からスタート。テーマは「International Stars of Independent Watchmaking」。写真の参加者を紹介すると、いちばん右から主催&司会者のウェイ・コー氏、ロビン・タレンディエ氏(アトリエ・ウェン。仏・中国)、飛田直哉氏(NH WATCH。日本)、ベノワ・ミンティエンス氏(レッセンス。ベルギー)、クリスティーネ・フッター女史(モリッツ・グロスマン。独)、Michiel Holthinrichs氏(オランダ)、コンスタンチン・チャイキン氏(ロシア)。一番左はArthur Touchot氏(フィリップスのInternational Head of Digital Strategy & Watches Specialist)。
写真提供:NH WATCH

レマン湖畔の西側に居並ぶ高級ホテルは映画等で有名なジュネーブの風景画である。そのレストランのエントランスにてミーティング中のウェイ・コー氏(左)と飛田直哉氏

レマン湖畔の西側に居並ぶ高級ホテルは映画等で有名なジュネーブの風景画である。そのレストランのエントランスにてミーティング中のウェイ・コー氏(左)と飛田直哉氏。2023年のGWDではコー氏が主催する『REVOLUTION』の時計シンポジウム(Horological symposiums)は計6回、2024年は8回のパネル・ディスカッションを予定する。およそ20年前(2014年頃)、ジュネーブのSIHHに突然デビューした『REVOLUTION』。当時はフリーマガジン・ラックに数百冊の当誌を並べてプレゼンテーションを行なっていた。外交官を父に持ち幼い頃よりニューヨークやパリに居住、大学はパリ等で学ぶという英語、仏語、中国語(おそらく北京語)をネイティブスピーカーとして使いこなす人物。国際人の代表例のような典型的なアッパーエリートである。そのくせ偉そうな態度は感じさせず、その頃バーゼルワールドの会場を歩いていたら「そのスーツ、良いですね。写真を撮らせて頂けませんか?」と話しかけられたことがあるが、大変印象の良い人物であった。この写真はジュネーブでのインタビューの様子を捉えたものだが、それ以前に彼は東京のNH WATCHを訪れて企画説明をしている。この行動力! ジェットセッターとは彼のような人物を言うのだろう。
写真提供:NH WATCH

「そんなことが2023年の8月にあったものですから、おそらくニック・フォークスが『こいつなら乗ってくるな』と思ったのでしょうね、後から電話が掛かってきました(註:それが冒頭の『Are you Mr.Hida? I'm Nick Foulkes.』である)。我々NH WATCHとすれば、先に私が最終審査員の30名に選ばれたのはラッキーでした。なぜならいずれGPHGにブランドとして挑戦したいと思っていたからです。事前に私が審査員に選ばれていた過去があれば、いきなりエントリーするのとは事情も違ってくるかもしれませんしね」

 確かに2024年のノミネートブランド&モデルリストを見ても、日本及び日本人は着実に増えている。以前はセイコーやグランド・セイコー(GS)の孤軍奮闘状態だったが、2024年はGSに加えて浅岡 肇氏(「TSUNAMI “Art Deco”」)、前田和夫氏(「Heures Universelles」)、大塚ローテック(「No.6」)と多士済済だ。ぜひ日本のウォッチメイカーに頑張ってほしい。


 少し話が長くなったものの、飛田さんがGPHGアカデミーの最終審査員に選ばれた経緯は以上だ。では、いよいよ飛田さんは11月の寒い寒いジュネーブへと渡った。






取材協力:飛田直哉(NH WATCH) / Special thanks to:Naoya Hida(NH WATCH)
©FONDATION DU GRAND PRIX D'HORLOGERIE DE GENÈVE

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