GRAND PRIX D'HORLOGERIE DE GENÈVE 2023番外編!“GPHG”特別企画 最終審査員、飛田直哉氏による“実録! ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ2023” 04
11時間にも及んだミュゼ・ロートでの最終選考会

ラグジュアリー・ブランドのオートマタモデルは、彼らの本格機械式時計への参入ならびにマニュファクチュール計画と時を重ねるようにして、21世紀に入ってから顕著になってきた傾向のひとつだ。時計製造を源とする会社と比べてラグジュアリー・ブランドの場合は、まずダイアル上でのアニメーションのストーリー創りを優先しているという印象がある。まず盤上の物語ありき、という感じだ。時計製造を出自とする会社ではジャケ・ドローが例外的に存在するが、初代のプロフィールからしてこれは当然のこと。飛田さんが指摘するように、特に直近の10年間ではラグジュアリー・ブランドのオートマタモデルが、百花妍を競うような艶やかさがあってとても楽しい。ダイアル上での詩的な世界を表現する様々な伝統技法も採点対象だが、これを支える縁の下の力持ち=オートマタ・メカニズムも同様に最終審査委員の激論の的となる。写真は2023年のレディス・コンプリケーションウォッチ賞を受賞したディオール(モントレ ディオール)の「ディオール グラン ソワール オートマタ エトワール ドゥ ムッシュ ディオール」。ディオールは初めて複雑時計のクリエイティブに挑んだモデルであり、それがいきなりの初受賞の栄誉を得た。ダイアルに描かれるのは、メゾンが誕生したパリのブティック(モンテーニュ通り30番地)。時計駆動部はクォーツだがオートマタ機構は機械式という複合機構を採用。リューズに隠されたプッシュボタンによりダイアル上で約30秒間の詩的なストーリーが始まる。18Kホワイト×イエローゴールドケースでケース径は38mm(このサイズ感は素晴らしい)。MOPダイアル。
※ディオールの公式HP:https://www.dior.com/ja_jp
Chapter 05. 最終選考会はいつでもどこでも大論争
最終選考会は2023年11月6日(月)。飛田さんはその前日の5日(日)にジュネーブに入った。
「選考会は6日の午前8時から夜の7時までずっと行なっていました。選考会の場所はミュゼ・ロート(註:MAH=Musée d'Art et d'Histoire de Genève ジュネーブ美術・歴史博物館 住所:Rue Charles-Galland 2, 1206 Genève)。
選考会場には各々5人が座れるテーブルが6つ配置されており、これらのテーブルにノミネートされた時計が部門毎に6本(個)、トレイで運ばれてきます(審査員計30名が5つのテーブルに配置される)。1時間毎にティータイムがあり、この休憩時間に席替え、つまりメンバーチェンジをします。まず6本(個)の時計と共に人数分の採点表のペーパーが配られ6人が議論開始。討議を通して『この時計は何点、これは何点』というように、各々独自に採点をするわけです。しかし1時間毎にティータイムが設定されていて、それが終われば各テーブルのメンバーチェンジを行い、同じメンバーで最後まで討論することを避けています。
たとえば『俺はこの時計のここが良い、今回のXX賞はこの時計でしょう』と誰かが言うと、それに対してニック・フォークスが『何を言ってるんだ! これはデカ過ぎて重過ぎて話にならん! これは1位じゃない、こっちの方が美的観点に優れている』と断言する。すると今度はベン・クライマーが『いや、バリュー・フォー・マネーからすればこちらの方が優れているよ』とやり返す。するとヴィアネイ・ハルターが『メカニカルな点から言えば面白く無いな、こちらが一番だね』と言い出す。
こんな具合に6本(個)の部門賞候補時計を前に侃侃諤諤(かんかんがくがく)の大論争が繰り広げられます。各時計に対する採点は各々がしますが、その前にこのような討論会があるわけです」
一連の流れは典型的な欧米のディスカッション文化を反映しているが、まぁこれではひとつの結論に導くのは不可能だろう。とにかく向こうの方は遠慮を知らない。ガンとして自説を押し通す。飛田さんの苦労が思い知れる。
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これがGPHG2023の最終選考会が開かれたミュゼ・ロート(MAH:ジュネーブ美術・歴史博物館)の会場。日時は2023年11月6日の午前8時から夜の7時まで。写真で見えるのは5つだが、実際は各々5人が着席できる円形テーブルが6つ配置されている。そこに部門毎のノミネート時計が6本(個)運ばれて、ひとつもしくは複数の部門について1時間ほどの討議が行われる。しかしこれではメンバーが固定されるので、1時間毎のティーブレイクを合図に席替え。そしてさらなる討議。これが延々と11時間続くのだ(昼食タイムが差し込まれるが、この時でも雑談討議が行われているのだろう)。最終審査委員は体力も必要である。
写真提供:NH WATCH
「2023年は部門賞が多数ありましたから(“小さな針”賞を含めた部門賞は計18賞)、実際のところは1時間で2部門か3部門ぐらい回さないとすべての賞の討議はできないですね。そんな中ニック・フォークスは討議中ずっとジョークを飛ばし続けていて、なかなかの人物でした。それで自分の持ち点から各部門それぞれ6本(個)の時計に点の配分をします。ゼロ点はありません。また自分の採点プロセスは他言無用で、その旨を討議前に誓うことを要求されました。ですから私も自分の採点内容は言えないのです」
と飛田さんは2023年の部門賞を読み上げながら、
「今回はこれまでのダイバーズ部門がスポーツウォッチ部門へと名称が変わっていますね。部門賞の名称は第1次選考の時にすでに決まっていますが追加されることもある。今回の場合メンズ部門賞が無かったので、それをどうするのかという議論をしたり、審査員賞(special jury prize)を個人にするのか、会社か団体かということを決めます。2023年の審査員賞はAHCIアカデミーに決まりましたが、それをアカデミー会員全員に与えるのか、それとも創立者であるスヴェン・アンデルセンとヴィンセント・カラブレーゼの2名にするのかと、揉めに揉めました。結局は創立者2名に決まりましたが、それまでに『これはアカデミー全員に与えるべきだろう』とか『いや、それほどのものではない。最初に始めたふたりこそふさわしい!』など大論争ですよ」
実は2023年度は23年間のGPHG史上初となった“メンズウォッチ賞該当モデル無し”の年であった。ここで以前から気になっていたことを尋ねた。“金の針”賞は総合で最高得点を獲得した時計が受賞するのかということだ。

メンズウォッチ部門にノミネートされながら、蓋を開けてみればオロロジカル・レヴェレイション賞を受賞したサイモン・ブレットの「クロノメーター・アルティザン」。この賞名変更の内情は不明。受賞モデルは2023年4月に極めて限定的な12本で発売され即完売、順番待ちは数年先という状態だ。若い時のミシュラン タイヤ(仏)での勤務経験を経てスイス時計学校へ入学、2011年の卒業後はクロノードの技術コンストラクター担当という経歴がまず凄い。さらにMCTを経た後にMB&Fで「オロロジカル・マシン No°9」、「No°10」のデザインを担当したというからこれまた驚きの人物である。時計愛好家には“機械作動の要となる部分をこの目で直に見たい”という欲望がある。当モデルはダイアル側の時刻合わせ部をシースルー化するなど、彼らを満足させる配慮が各所に為されている。3-9時を境にまるで上下を鏡合わせにしたように整然と設計されたムーブメントは、好事家納得の仕様ではないだろうか。ジルコニウムケース、ケース径39.0×厚さ10.5mm。手巻き、18,000振動/時、秒針停止機構(参考記事:『Hodinkee Japan』2023年4月13日公開 Mark Kauzlarich記者 https://www.hodinkee.jp/articles/one-to-watch-simon-brette)
※サイモン・ブレットの公式HP:https://simonbrette.com

GPHGにはクロック部門も設けられている。当部門には古典的な掛け時計や置き時計というよりは、ムーブメントの構造や外装デザインがモダンなタイプがノミネートされる傾向が強い。飛田さんとの会話で彼がふと名前を漏らしたブランドが「レペ(L'Epee 1839)」だ。元々は1839年に創業し、英国のエリザベス2世の女王戴冠50周年の記念クロック等を手掛けた老舗だが、自社の歴史に甘んじることなく現在は極めて流線的なレトロフューチャー・クロックを発表し続けている。その起爆剤はコラボレーション企業であるMB&Fであることは間違いない。2023年のメカニカル・クロック賞を受賞した「タイムファスト Ⅱ クロームメッキ限定モデル」は、1960年代のポルシェ、アルファロメオ等のツーシーター・スポーツカーをイメージした手巻き式クロック。全長450×幅189×高さ120mm、重量4.7kgという中々の存在感。Cal.L'Epee 1839 1855MHD搭載でパワーリザーブは約8日間。この他レペのコレクションはMB&Fのマキシミリアン・ブッサ氏の超個人的な好みが反映された、実に楽しい“大人のオモチャ”的な世界が展開されている。そのコレクションを見ていると、まるでMB&Fがジュネーブ旧市街で開いている『M.A.D.GALLERY』のブティックにいるような気分になる。日本の輸入代理店はムラキ。
※レペの公式HP:https://www.lepee1839.ch
※レペの日本輸入代理店ムラキの公式HP:https://muraki-clock-gallery.com/brand/l_epee/
「いや、“金の針賞”と“小さな針賞”も投票制ですよ。それもすんなり決まりそうな場合は会場の雰囲気でなんとなく分かります。一方で揉めに揉めまくることもあります。2023年の場合はオーデマ ピゲの『ユニベルセル』(註:『CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ ウルトラ コンプリケーション ユニヴェルセル 〈RD#4〉』)が圧倒的だったので問題はありませんでした。個人的には厚さなどが気になりましたが、実際に動かしてみたら“カチカチカチ”っと非常にスムースに作動して『これは凄い!』と思いましたね」
かつて1990年代のバーゼルフェアでは開催日までに完成品が間に合わず、ダミー等で誤魔化したこともあったが(ケースとダイアルは出来ているのだが、オープンケースの裏側を見るとムーブメントの写真が貼ってあったりする)……。
「最終審査会当日には、会場に稼働モデルが用意されていることが絶対条件です。今回、唯一実機が間に合わなかったのはメカニカルクロック部門のアラン・シルべスタイン(註:『Travel Alarm Clock iZman』)。よってこの部門だけ候補モデルが(6点ではなく)5点になりました。あとジェブデ・レジェピの時計が動かなかったので、採点対象外になりました(註:『ジェブデ・レジェピ/Xhevdet Rexhepi』は『レジェップ・レジェピ』のレジェップ氏の弟であるジェブデ氏が独立して立ち上げたブランド。そのノミネートモデルが『ミニット・イネルテ/Minute Inerte』)」。
採点時の条件は厳密であることを飛田さんは証言する。
結局、“金の針賞”、“小さな針賞”以下すべての賞が当日の討議で決定された。
「この最終審査会の3日後に発表・表彰式とガラ・パーティが予定されています」
アワードセレモニーは3日後の11月9日(木)。最終審査会は6日(月)なので7日と8日はフリーとなる。この間、飛田さんはプレスインタビューを受けるなど充実した時間を過ごしていたそうだ。
>>「Oscar goes to……」のプレゼンターを務める
取材協力:飛田直哉(NH WATCH) / Special thanks to:Naoya Hida(NH WATCH)
©FONDATION DU GRAND PRIX D'HORLOGERIE DE GENÈVE
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