FRANCK MULLER目指したのは“世界初!” 初期モデルに込めた熱い思い
目指したのは“世界初!”
初期モデルに込めた熱い思い
今日は、フランク ミュラーさんがブランドを立ち上げる以前に製作したカタログを持ってきたのですが、掲載されている当時のモデルを説明していただけますか?
「この最初のカタログに掲載されているように、トゥールビヨンを腕時計にするのが私の初期の構想でした。最初に作ったモデルは、ダイアルの下半分にトゥールビヨンがあり、ジャンピングアワーを備えていました。これはジャンピングアワーが付いた腕時計のトゥールビヨンでは世界初ですね。
私にとって重要だったのは“世界初”ということ。当時の私は、世の中に知られていないので、時計愛好家に作品を買っていただくには、誰もやったことのないことをする必要があったのです。
これを学んだのは古い時計を修復していた時。私は自分の作品を作るまでは、コレクターやミュージアムなどが所蔵する古い時計を修復していましたが、昔の有名な時計師の作品を手にするたび、“なんでこの時計師は有名になったのか?”と考えたのです。その結果、他の人がやっていないことをやっていたからだと気付きました。だから私も彼らと同じことをしたのです。
2本目に作ったトゥールビヨンはミニッツリピーター付き。これも世界初。3本目はダイアルの下部にトゥールビヨンがあり、ミニッツリピーターと永久カレンダーを備えていました。これも誰もやったことがない世界初の時計です。
この時計を購入した顧客がイタリアで製造メーカーを経営する凄いお金持ちでした。ある時、私は時計を納めるため、その方の自宅に伺うと食事に誘われました。
その食事の席で、奥様が私にこう言うのです。『主人はあなたの時計が大好きなんです。私も本当に素敵だと思いますし、複雑機構を作るのも、とても上手ですね。でも貴方の時計ってラウンドでしょ? そこには芸術的な雰囲気がないわ。私、複雑機構はどうでもいいので、貴方の独自のデザインで時計を作ってくださらない?』とね。
それを聞いて、私は『それは大変だ。ああ、頭が痛い』と思いました。なぜなら複雑機構だったら、私はやすやすとできてしまうのです。技術的に可能ですし、ちゃんと動くようにすればいいだけです。
ところが“独自のデザイン”と言われると抽象的です。“さて、どうしよう?”と考えに考えた結果、トノウ型が生まれました。
でも、これは決してシンプルなメカニズムではありません。ミニッツリピーターと永久カレンダーが入っていて、しかも婦人用ですから小さいのです。
さらにケースの形状はフラットではなく、すべてを中心部から設計し、まるで球体から切り出したような形状にしました。これも世界初です。
パッと見るとシンプルだと思うかもしれませんが、作るとなると複雑です。このトノウ型のモデルは挑戦的で、女性用モデルながら複雑機構を入れたため、当時の男性用としても大きな部類でした。しかし、立体造形のケースによって装着感は本当に素晴らしかったのです」
顧客夫人の言葉に触発された
トノウ カーベックスの開発
顧客夫人のアドバイスで独自のフォルム「トノウ カーベックス」を生み出したフランク ミュラーさん。以前、このモデルを開発する際、フランクさんは昔のトノウ型腕時計をたくさん集めた、と聞いたのですが、これは事実ですか?
「いえ、決してそのために時計を集めたのではなく、修復のために世界中から持ち込まれた、さまざまな懐中時計や腕時計が身の回りにありました。
当時の私は修復の専門家として知られていましたから、コレクターが修理のために持ち込む時計が自然に集まり、インスピレーションの源は身の回りに山のようにあったのです」
その後、フランク ミュラーさんはトノウ型をベースに名作『カサブランカ』を開発。このモデルにはステンレススティールが採用されましたが、何がきっかけで誕生したのですか?
「このモデルの誕生には、いろいろな理由がありました。1990年代初頭、湾岸戦争が勃発し世界経済が停滞しました。この時代背景に呼応し、ダイアルの色をマットなブラック、あるいは砂漠の砂の色を取り入れて戦時中の時計のような雰囲気にしたのです。同時にストラップもステッチを目立たせ、ミリタリー調でガッチリした雰囲気にしました。もちろんハンフリー・ボガート主演の映画からも多大なインスピレーションを受けています。
そしてこのモデルは、決して見せびらかすものではなく、いつでも身につけやすい時計であることが大事でした。つまり、これ見よがしではない良質な時計を作りたかったのです。そこでケースには、もっとも高品質なステンレススティールを採用し、その時代にピッタリとあった時計として生み出しました」
この『カサブランカ』に採用され、フランクさんの時計を特徴づけている要素のひとつに“ビザン数字”がありますが、これはどうやって生まれたのですか?
「ビザン数字が誕生した理由は簡単です。私は複雑時計を作りながらデザインのことも考える必要がある、となった時、実はインデックスの数字が、誰も良く読み取れていないに違いないと気付いたのです。だったら大きな数字を入れればいい。そこでとにかく大きくて読み取りやすい数字を求めた結果、あの数字が生まれたのです。
これはトノウ カーベックスを皆さんに知っていただくため、非常に役に立ちました。 誰だって時計を見たら何時か知りたいと思うわけですから、読み取りやすさが一番大切です」
それにしてもこの数字は誰もが美しいと思うし、嫌いな人に会ったことがありません。これもフランク ミュラーさんの感覚から生まれたのですか?
「ええ。でも徹底的に研究しましたよ。誰もが『数字を乗せるだけなら簡単じゃないか』と思うでしょうが、40~50回は作り直しました。そうやって何度も作り直し、“これだ!”と思えるところまで、考えに考え尽くして生み出された数字なのです」」
取材・文:名畑政治 / Report&Text:Masaharu Nabata
写真:江藤義典 / Photos:Yoshinori Eto(25周年記念インタビューを除く)
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