FRANCK MULLER時と時計への思いを託した “フィロソフィカル・モデル”
時と時計への思いを託した
“フィロソフィカル・モデル”
東京、そしてジュネーブでブティックを開き、夢を実現していったフランク ミュラーさんですが、その一方で、いくつもの複雑時計を実現し、同時に哲学的な思想を込めたモデルを生み出してきました。中でも1996年に発表した『インペリアル トゥールビヨン』には、トゥールビヨンのキャリッジに独特な思想が込められている、と当時、説明いただいたのですが?
「18世紀に懐中時計をスイスから中国に輸出する際、必ず同じ時計をふたつ、ひとつの箱に入れてセットで販売していました。なぜかというと当時の時計はテンプがとてもデリケートだったので、中国ではスペアが必要だと考えたようです。
その時、中国からは“テンプにナイフのような鋭い刃物を取り付けてくれ”とリクエストされたそうです。私は、これを中国人の友人に聞き『インペリアル・トゥールビヨン』を開発する際、鋭い刃物の意匠をテンプではなく、トゥールビヨンのキャリッジに取り入れたのです。これは私独自の発想でした。
ですから200年前、中国向けの懐中時計にあった意匠を現代の腕時計、それもトゥールビヨンに取り入れたという新しさがありました」
このような思想を込めた時計というと『クレイジーアワーズ』も前代未聞であり、フランク ミュラーさんの独創的な発想が込められていましたね。
「そうです。私はこのような哲学的な思想を取り入れた時計を“フィロソフィカル・モデル”と言っていましたが、『インペリアル・トゥールビヨン』や『クレイジーアワーズ』が決して最初ではありません。
その最初のモデルが『レトログラード・セコンド』です。これは秒針が扇状の目盛りを進み、60秒に達すると瞬時にゼロに戻り、再び秒を刻む機構ですが、私はここに“過ぎた時は決して取り戻すことはできない”という思いを託したのです。そして、そこから時や時計に対する哲学的な思考が、さまざまに進化していきました。 『クレイジーアワーズ』もそのひとつで、私の時間に対する思いを表現しています。つまり、人間とは、時間という制約の中で生きているということです。
たとえば時計の針が2本とも上を向いたら『ああ、お昼だから食事をしよう』と思います。3時になればティータイム、5時になれば帰宅、と時計の針を見ただけで、考えなしに行動し、時間がきたらこうしなければいけない、と条件づけられています。
ところが『クレイジーアワーズ』は、インデックスの数字の配列を変えることで、時間の制約から解き放たれ“好きな時に好きなことができるんだ”と伝えたかったのです。
つまり、このモデルは芸術家の考え方に沿ったものです。芸術家というのは好きな時に好きなことをしますからね。
ところが驚いたのは、私が“芸術家向け”だと思っていたこのモデルが、あらゆる職業の方に受け入れられたこと。その意味では『クレイジーアワーズ』によって皆さんを解放することができたのかな、と思います」
これまでの25年をふり返って。
そして、新たな時代に向けてのメッセージ
では最後に、フランク ミュラーさんにとって、この25年にはどんな意味があったのでしょうか?
「それは良い質問です。私が自分のブランドを立ち上げて25年がたちましたが、時とは本当に複雑です。同時に、この25年にあったことを話すのは難しいですね。心の中にいろいろな思い出や感情が満ちあふれてきて、なかなか言葉になりませんが、記憶の中にはいくつもの事柄が刻まれています。
そして、やはり25年とはずいぶんと長い時間だな、と改めて思います。なぜなら、この最初のカタログを作った時に息子が生まれたのですが、彼はもう30歳です。ただ、長い時間だと思う反面、あっという間だったという気もします。
その時を刻むのが時計です。こうして私がこれまでに作ってきた時計を見ると、本当に長い時間がたったと思います。
とはいえ、たとえば一世紀の間には、ひとつかふたつは大事なことがあった、と後の歴史家は書くかもしれません。そう考えると我々の人生なんて、たいしたことはないのかな、とも思いますね」
しかし、フランク ミュラーさんの時計は生き続け、そこに込めた思いは永遠では?
「ええ、それを私から奪うことは誰にもできないでしょう。ではまた25年後に! いや、もっと早い時期に会いましょう」
取材・文:名畑政治 / Report&Text:Masaharu Nabata
写真:江藤義典 / Photos:Yoshinori Eto(25周年記念インタビューを除く)
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