時計フォルムに革命をもたらしたイノベーター
フランク ミュラー
帝政スタイルを継承した
ラウンド
腕時計の基本形とはラウンド(丸型)である。それは時刻を示す針が円運動であることを考えれば、もっとも合理的であるからだ。
このスタイルは懐中時計時代から継承されたもの。フランク ミュラーも創作活動を始めた当初はラウンドを採用した。初期カタログを見ると、作品の大半がラウンドだし、1992年に世界初出店となった東京ブティック開店記念モデルも、やはりラウンドだ。
ただ、そのフォルムは実にフランク ミュラーらしいもの。当時、主流の薄型ではなく、たっぷりした厚みと丸みのある、ボリューム感あふれるフォルムである。
以前、初来日したフランクに「なぜ、あなたは薄型を作らないのか?」と質問したところ、彼はこう答えた「私に時計を注文する人は、誰も薄型を作ってくれとは言いません」。
フランク ミュラーが初期から一貫して採用するラウンド・モデルは、一般に「エンパイア・スタイル(帝政様式)」と呼ばれるもの。これはナポレオンのフランス第一帝政時代(18世紀)から19世紀にかけて流行した建築や芸術の様式であり、シンプルな直線と曲線で構成された均整の取れたスタイルである。
この影響から生まれたフランク ミュラーの初期ラウンド・モデルでは、ミドル・ケースにエンパイア・スタイルの象徴である円柱に倣った縦溝模様(コインエッジ)が刻まれていた。
このようにして誕生したフランク ミュラーのラウンド・スタイルは、その後、彼が様々なフォルムを生み出す過程でも決して消えることなく、現在もひとつの確固たるスタイルとして、コレクションの中で存在感を放っている。
歴史を咀嚼した独自のフォルム
トノウ カーベックス
ラウンドで始まったフランク ミュラーの時計作りだが、やがて彼はひとつの新たなフォルムを創出する。それが「トノウ カーベックス」。
トノウとは樽。ワイン醸造所が身近なスイス・フランス語圏では、樽は身近な存在だったが、このようなラウンド以外の形状誕生の背景には、腕時計の発生と発展に密接な関係がある。
19世紀末~20世紀初頭、主に軍用として普及が始まった腕時計だが、それが一段落すると、ファッションアイテムとしてクローズアップされる。つまり、懐中時計は他人の目にさらされるのは時刻を見るときだけだが、腕時計は腕の上に露出し、個性やスタイルを主張できるというわけだ。
その結果、腕時計は持ち主の個性を反映させるため、ありとあらゆる形状が作られた。楕円や四角、六角形、八角形、舟形、菱形、クッション型(真四角の四辺を膨らませたクッションのような形状)、釣り鐘型、馬蹄形…。その中にトノウ(樽型)もあり、1920年代以降は折からのアールデコ(幾何学図形をモチーフとする表現様式)のブームもあって、腕時計のフォルムは爆発的な勢いで増殖した。
この時に出現した異形のフォルムは、当時の工作技術では防水性や防塵性が確保できず、ラウンド型に収束していった。
それに突如スポットを当てたのがフランク ミュラー。彼は以前、どうしてこのフォルムを着想したのか、という問に、こう答えた。
「1986年のある夜、僕の時計をコレクションしているイタリア人のご夫婦とのディナーの席で、奥さんがこう言った。『あなたの複雑時計はとても素晴らしいけど、デザインが保守的ね。なんで、あなたは自分のデザインを作らないの?』って」
この言葉を受けてフランクは、古いトノウ型腕時計を集めて研究。ついに独自のフォルム「トノウ カーベックス」を創案した。
「カーベックス」とは、やはり1910年代、腕への密着度を高めるためにケースの湾曲を強くしたのが原点。フランクは、トノウとカーベックスというふたつの要素を融合させ、どこかにあったようで、どこにもなかった個性的で優美なフォルムを完成させた。
さらにフランクは、「トノウ カーベックス」に、永久カレンダーやトゥールビヨンなどの複雑機構を搭載。異形フォルムというとシンプルなモデルが常識(というか限界)だったにも関わらず、彼はその壁を打ち破った。
取材・文:名畑政治 / Report&Text:Masaharu Nabata
写真:江藤義典 / Photos:Yoshinori Eto(25周年記念インタビューを除く)
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